「ホットドッグ頭痛」について

普段、外来診療で、「ホットドッグ頭痛」について深く考えたことがなかった私のところに、以下のようなメールが届いていたのですが・・・
「千葉県在住の女性:
お問合せ内容: ホットドック頭痛を検索していてら、たまたまこちらのページに行き当たりました。
日本で使われている亜硝酸ナトリウムの量では心配ないので安心して食べて大丈夫ですとの事ですが、娘は日本でのホットドック頭痛持ちに間違いないと思います。但し、摂取してから24時間位経過してからの発症です。
季節の変わり目、寝不足、寝すぎ、精神的緊張、等があった時に発症する事もありましたが、それらの食品を一切さけてからは徐々に起こさなくなりました。ただ、気付かずに摂取すると翌日起きます。
今回娘に発症させた原因は外食のパスタでした。こちらの会社に協力していただいて、トマトソースに亜硝酸ナトリウムが添加されている事がわかりました。
 という事は、ピザ、リゾット、ハンバーガー等に加工肉が入ってなくても摂取するかもということで、思いの外、普段からの蓄積もあったのかも?
何れにしても、国内の食品でも激しいホットドック頭痛を起こす人もいます。 娘のようにたまたま原因物質に気付くまで何年も悩まされる方がいるかもしれません。
起こさなくてすむ方法(治療?)が一日でも早く見つかることを願っています。
亜硝酸ナトリウムを使用禁止にしてくれるのが一番なのですが… 」
 これは大変、と思いすぐさまメールをくださった方に返信しまして、メールの本文の一部を使わせていただきたい旨とこの件について改めて記事を掲載したいので時間をいただきたいとお伝えしました。
 ○○様、長らくお待たせしてしまいましたが、いろいろ調べた結果と拙い頭で考え抜いた個人的見解をお伝えしたいと思います。

A.日本で「ホットドッグ頭痛」は増えているのか?
 最初は「ホットドッグ頭痛」についていろいろ調べてみました。特に『日本でもホットドッグ頭痛の症例はある』というような事例がないかどうか。
 この記事に興味を持って読んでおられる皆さんはすでに「ホットドッグ頭痛」の元凶が亜硝酸ナトリウムという食品添加物であることはご存知でしょう。そして、亜硝酸ナトリウムという食品添加物は、加工肉の発色を良くし腐食を防止するために必要とされる添加物であることも。
 ホットドッグの食材として使われるハム・ソーセージ・サラミといった加工肉に含まれる亜硝酸塩を過剰に摂取することで血管拡張が誘発され頭痛を起こすので「ホットドッグ頭痛」と名付けたわけですが、大きなホットドッグにかぶりついておいしそうに食べている欧米人にみられるとされています。
 近年の日本の食文化も大きく変わり『欧米化』が流行語に使われるくらいになると、この「ホットドッグ頭痛」だって対岸の火事ではなくなったんじゃないだろうかとふと思うのです。
 もしそうなら「『ホットドッグ頭痛(片頭痛)』は日本では起こらないから安心してハムやソーセージを食べてよい」なんて書いたのを撤回しないといけないじゃないですか?
 でも、調べても調べても「最近は日本でもホットドッグ頭痛と思われる頭痛患者が増えてきた」と書いている文面に出会わないのです。
 同じようなものに、「中華料理店症候群(チャイニーズ・レストラン・シンドローム)」というのがあります。1960年代と言えば、日本ではかの有名な『いの一番』が発売されたころであり、海外でも中華料理店でグルタミン酸ナトリウムが調味料として爆発的に使われた時期だそうです。中華料理店で食事をした外国人が頭痛やしびれや胸部圧迫間などで苦しんだというので発表された症候群です。しかし、日本でもどこの家庭を訪ねても『いの一番』のない家庭はないと思われるほど大量に消費されていながら、日本でチャイニーズレストランシンドロームと言われた人はいなかったのではないでしょうか?
これの意味するところは、グルタミン酸ナトリウムによるチャイニーズ・レストラン・シンドロームはデマだったということではなく、常識の範囲内での摂取では症候群は起こらないということだと思います。
 ホットドッグ頭痛も同様です。欧米人で数多く見られる現象かというとそうでもなさそうです。また、頭痛自体も大量にホットドッグを食べた場合に起こったとされています。一方、日本では、いかに「欧米化」した食文化に変わりつつあると言っても、日本の食品添加物に関する厳しい安全基準の中で、「ホットドッグ頭痛」が起こるだけの量のホットドッグを「一度に」食べる人がどれだけいるでしょうか?(亜硝酸ナトリウムによって引き起こされるホットドッグ頭痛は摂取後30分くらいで症状が出現し、持続するのは1時間くらいと思われます。)
B.ホットドッグ頭痛の元凶である、亜硝酸塩とは?
 これについては、Wikipediaによく書かれていましたのでそこから引用させていただきます。(ちゃんと募金もしてますから)
 「亜硝酸塩の原料は硝酸塩だが、硝酸塩はもともと野菜に含まれる物であり、摂取後に体内で亜硝酸塩へと変化するため、摂取を避けることはできない。
 植物は硝酸態窒素のみしか、根から吸収して利用できないため、窒素肥料の中には硝酸態窒素が大量に含まれている。硝酸態窒素を含む肥料が大量に施肥された結果、ミネラルウォーターとして市販されている物も含む地下水が硝酸態窒素に汚染されたり、葉物野菜の中に大量の硝酸態窒素が残留するといった環境問題が起こっている。人間を含む動物が硝酸態窒素を大量に摂取すると、体内で腸内細菌により亜硝酸態窒素に還元され、これが体内に吸収されて血液中のヘモグロビンを酸化してメトヘモグロビンを生成してメトヘモグロビン血症などの酸素欠乏症を引き起こす可能性がある。」
C.化学物質惹起型の「ホットドッグ頭痛」はあるのか?
 そもそも、ホットドッグの材料となるハムやソーセージ、サラミといった加工肉に亜硝酸塩を使う目的は
発色・風味の醸成・防腐の三点です。
 ハムやソーセージ等の食肉製品の製造工程で原料食肉に食塩と亜硝酸塩を添加して冷蔵し、肉色を発色させるとともに熟成風味を引き出します。したがって、亜硝酸塩は着色料ではなく、もともとの肉色を引き出して退色しないように色素を固定するものです。
 また、亜硝酸塩には細菌の増殖を抑える働きがあります。特に、最も恐ろしい食中毒菌であるボツリヌス菌の増殖抑制効果があります。そのため基準値内の亜硝酸塩の添加は法律で義務付けられています。
 そして、日本での基準は諸外国に比べ低くなっていますし、さらに企業努力により実際には基準値の半分以下に抑えられているといわれます。
 しかも、食肉製品の亜硝酸残基は、製造されてからで短時間の間(1週間以内)に10ppm以下に減少します。
加熱でさらにこの過程は促進されます。
 結局、亜硝酸塩は頭痛を起こすほどの量にはなりえないと思われます。(むしろ野菜のほうからの摂取量が多いくらい。)
  亜硝酸Naについて (日本ハムホームページより)
 従来、硝酸塩や亜硝酸塩に「毒性があるのではないか?」とか、「発ガン性があるのではないか?」との疑念が持たれていました。しかし、DL Archer(フロリダ大学食品科学栄養学科)は、J Food Protection 65(5):872-875 (2002)に掲載された総説の中で、概ね次のようなことを紹介しています。
疫学調査や米国毒学計画(the National Toxicology Program)の実施した長期投与試験の結果から、硝酸塩/亜硝酸塩の毒性の疑いは否定されている。
亜硝酸塩は、摂取後に胃酸と混ざって、静菌/殺菌効果を発揮する。
in vitro試験からの推察ではあるが、亜硝酸塩は酸との相乗作用によって、口腔や皮膚の自然免疫の役割も果たしている。
<補足>
ヒトが摂取する亜硝酸塩の約93%は自分自身の唾液に由来し、野菜と食肉製品(cured meats)から摂取する割合はそれぞれ約2%と約5%に過ぎません。
唾液中の亜硝酸塩は、摂取した野菜中に含まれる硝酸塩に由来します:小腸から吸収された硝酸塩の約65から70%は尿として排泄されるが、残り約25%は唾液中に分泌される。その約5分の1(5%)は、口腔細菌によって亜硝酸塩に還元される。
D.食物アレルギーによる頭痛
 かなり悩みました。なぜなら、実際に同種の食品を食べて頭痛で苦しんでいる人がいるから、です。「医学的に考えてホットドッグ頭痛ではない」と言い切るのは簡単です。「じゃあ、うちの子の頭痛はどうしてなるのですか?」この質問に答えなければなりません。
 答えは最初から出ていたのです。答えは自分で引き出していたのに、「インターネット」に攪乱され出口を見失っていました。世の中には膨大な情報が飛び交っています。医学情報もネットで検索することができますが、正しくない情報も削除されることなく存在しているので、注意が必要です。
 「ホットドッグ頭痛」と「食物アレルギーによって起こる頭痛」と混同している方が数多くおられたのです。「ホットドッグ頭痛についての最近の知見はどうなのだろう」とインターネットで検索を始めたところ、膨大な記事が出てきました。最初のうちは、「ああ、やっぱりホットドッグ頭痛は日本の食の安全基準では起こり得ないんだな」と思ったのですが、「どのくらいの量を食べたら起こるのだろうか」と調べているうちに、食物アレルギーはどんなものでも起こりうる、亜硝酸ナトリウムはアレルゲンだ、と豪語する記事も交じってきて、いつしか頭の中で「ホットドッグ頭痛はアレルギー反応」という誤解が植え付けられていました。
 ここで改めて、誤解を正したいと思います。
「ホットドッグ頭痛」は亜硝酸塩という化学物質の摂取によって引き起こされる片頭痛のことであり、食物アレルギーによるアレルギー反応(頭痛)ではありません!
「片頭痛を引き起こす食品」としてあげられる、赤ワインやチーズなども、その食品に含まれる化学物質の作用で片頭痛が起こるというメカニズムを説明しています。
 一方、食物アレルギーというのは、ある特定の化学物質で必ず起こるものではありません。そこを良くご理解ください。化学物質、例えば薬品なども、アレルゲンとなることはありません。アレルゲンの本体はたんぱく質です。化学物質と反応したたんぱく質が生体にとって異種のたんぱく質(アレルゲン)として認識され、抗原抗体反応を引き起こす、これがアレルギー反応です。アレルギー反応であれば、アナフィラキシーと言われる即時型反応もありますし、1日くらい経ってから現れる反応もあっておかしくありません。
 つまり、日本で「ホットドッグ頭痛」はないと考えてよい、加工肉製品の入った食品を食べた翌日に頭痛が起こるのは何か別の食物アレルギーによる反応である可能性はないでしょうか?