高次脳機能障害-第8回認知症講演会から

はじめに
最近この「高次脳機能障害」という言葉が個人的に大変気になっていました。
高次脳機能障害という言葉があるからには、当然「高次脳機能」という機能があるわけですが、インターネットで『高次脳機能』とだけ入力して検索をかけても、『高次脳機能障害』ばかりがヒットしてきます。
いったい高次脳機能とは何なのでしょうか?(いくつかのスライドはインターネットから拝借しています。出典が不明だったので確認をとらずに一部編集を加えて使わせていただきました。ご迷惑をおかけしたらお詫びいたします。)


これからのお話の流れ

高次脳機能をつかさどっているのは、脳のどこなのでしょうか?まずはその場所を探ってみることにします。果たして高次脳と呼ばれる場所があるのでしょうか?
そこで行われる高次脳機能とはどんなものなのでしょう?よく似た言葉に認知機能というのがありますが、これらはどんな関係があるのでしょうか?
高次脳機能がわかれば高次脳機能障害はわかるかといえば、それがそうともいきません。そこで主な高次脳機能障害についてご紹介いたします。
そして最後に、今広まりつつある、支援事業としての高次脳機能障害について、その動向についてお話したいと思います。


高次脳機能の行われる場所とは・・・高次脳という脳がある?
脳を発生学的にみると、脊椎動物の脳はすべて同じ発生の仕方をしていて、5つの脳胞(終脳、間脳、中脳、後脳、髄脳)から成り立っています。
一方、解剖学では、ヒトの脳は、大脳、間脳、脳幹、小脳、延髄の5つに分類されます。このうち、間脳を脳幹に含めて併せて脳幹と呼ぶ人もいますが、この脳の発生学と対比して考えると5つの分類のほうがわかりやすいでしょう。
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このスライドはヒトの脳をモデルにしています。この図で誤解されやすいのは、爬虫類以下の生物は大脳がないように見えるところです。
今も述べたように、脊椎動物には皆同じ脳の発生があるのです(たとえ太古の恐竜であろうとも、です)。つまり終脳と呼ばれる脳は爬虫類でも存在しているのです。ただ、発達の度合いがそれぞれ違うだけです。
この図は、ヒトの脳を理解するうえに進化論を適応させてみたら、爬虫類に特徴的な部分とヒト以外の哺乳類に特徴的な部分と、ヒト特有の高度に発達した部分の3つに分けて考えるとわかりやすいという図に過ぎません。人間が進化してきた過程で、脳にもこうした進化の過程がうかがえるんだよということです。
ここで、興味深いのは、「理性脳」という用語です。原著でも Rational brain と書いてますから、訳語は正しいです。その説明も Intelectual tasks 、つまり知的作業をつかさどると書いています。
高次脳機能という言葉はもともと英語にはありません。高次脳機能障害という言葉も、日本語です。高次脳機能学会がつけた英語訳は、higher brain dysfunction だそうですが、高次脳機能障害とは、脳の高次機能が障害されたという意味で、高次脳という脳は存在しません。でも、いみじくも「理性脳」と名付けた外国人がいたではありませんか!
今まで述べてきたことから、この、脳の高次機能をつかさどる場所というのが、このスライドにある「理性脳」にあるらしいことははっきりしてきました。
「理性脳」が持つ高次の(神経)機能が高次脳機能というわけです。
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高次脳機能とは・・・認知機能と違うの?
理性脳とは、知能・知性の源泉ですから、「理性脳」で行われる高次の神経機能とは、知能や知性と密接に関連していることがわかります。つまり、知能や知性はどのようにして創られ、蓄えられるのか、心はどこに存在するのか、それらを探求した過程で見えてきた大脳の神経機能、それが高次脳機能です。
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スライドは高次神経機能の主な仕組みです。左側には大脳の外から見た図と、下から見た図と、内側を見た図が描かれており、右側には現在考えられている高次機能の中枢部位とその役割が書かれています。そして、右と左の色はそれぞれに対応させてあり線で結んでおきました。
茶色の部分は、前頭葉の背外側部といいます。ワーキングメモリーという言葉を聞いたらここのことを言っていると思ってください。作動記憶の英語がワーキングメモリーです。あとで述べる遂行機能と関連するところです。
一番下の扁頭体は実は大脳辺縁系に属する部分ですが、高次脳機能を考えるとき切り離すことのできない重要な部分です。
爬虫類で発達した反射脳の「反射」というのは、脊髄反射を意味しています。
この脊髄反射という低次のシステムには、知覚(感覚入力を弁別すること)、注意、記憶、判断、言語という人間に備わっている機能はどこにも作用していません。
人間においては、外界から入って来る様々な刺激の中からも、注意を向けることによって特定の刺激を知覚することができ、そして蓄積された過去の知覚記憶と対比してどのように判断し、どのように表現し、あるいはどのように行動すべきかを選択決定することができます。
この高度な情報処理システムこそが、高次脳機能なのですが、理性脳と呼ばれる新皮質だけで処理されるものではなく、大脳辺縁系も、間脳も、中脳も、小脳も重要な役割を担っているのです。
一方、認知という言葉は、様々な情報を脳に取り入れて、それらに基 づいて、環境に適応していく為の注意、記憶、判断といった脳内情報処理過程、すなわち知識の獲得過程を表し、これが基になって情動や行為が企画・構成されるわけです。認知機能という言葉はこれら一連のシステムの構成を総称したものですから、高次脳機能と認知機能は同じものと考えて差し支えないと思います。現に、世界的には、高次脳機能という言葉は使われておらず、認知機能という言葉が一般的なのですから。

主な高次脳機能障害・・・障害名と障害中枢、およびその症状

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スライド下の図は半側空間無視の患者さんが一番左のひまわりの絵をお手本にして描いたらどうなるかというものです。最初に描くのは半円ではなく円です。これは、半側空間無視のため右半分にしか注意がいかなくても、右半分の情報でひまわりだと認識するためです。ひまわりの絵を描くためにまず中央の丸を描き、そのあとは右側の花弁から書き始めます。そうすると描いている花弁に注意が集中するので左側へ注意を向けづらくなります。手本を見ながら右側から花弁を書き足していくうちに、茎が目に入り、茎に注意が集中するともうそれより左の花弁には注意がいかなくなり左側が空白になっても気づかないでしまいます。その結果の完成図が一番右側の絵というわけです。
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支援事業としての「高次脳機能障害」とは・・・認知症との違い

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認知症は、高次脳機能の全般的な障害ですが、すべて一様に障害されるとは限らず、症状の出現の仕方は、認知症の原因疾患によっても異なります。
高次の知能を用いて外界に対する適応行動をプログラムする部位の中心は前頭連合野であり、精神活動の中心も前頭連合野です。
動物にとってより重要な中枢がある部位をより前方に発達させてきた脳、つまり前頭葉の連合野こそが私たちに最も重要な中枢と言えそうです。

高次脳機能障害のリハビリテーション

この領域のリハビリテーションの方法論を提唱したのは、イタリアのカルロ・ペルフェッチ(Carlo Perfetti)という人ですが、まだ20年ほどの歴史しかありません。20年の歴史があったら、さぞかし、日本のリハビリテーションの学校でも取り上げられているのだろうと思われるでしょうが、数年前から機会があるごとに学校関係者に尋ねてみましたが、いまだに学問としての体系化が進んでおらず、認知リハビリテーションという授業は行われていません。
これからです!

さいごに

行政でいうところの「高次脳機能障害」という言葉は認知症と区別するものとして必要なのかもしれませんが、世界的には「認知神経科学」と言われている時代に、医学の用語としての高次脳機能は必要ないのではないかと思うのが私の意見です。