認知症に対するリハビリテーション : 認知神経科学的根拠に基づくアプローチ(3)

目的達成のための戦略
では、目的達成のための戦略とはどのような根拠に基づいたものなのでしょうか?認知症のリハビリはどこに注目して行うべきなのでしょうか?
そのためにはまず、認知症の人にはどんな障害があるのか、ここでもやはり、スタート地点に戻って考えてみることにしました。その結果、次の3点に着目することにしました。
中核症状に由来する障害
周辺症状に由来する障害
廃用症候群に由来する障害
認知症の中核症状といえば、記憶障害、判断力障害、実行機能障害、遂行機能障害、見当識障害、失行、失認などが挙げられます。これらは、主に大脳辺縁系や大脳皮質の連合野と呼ばれている領域 (前頭連合野、側頭連合野、頭頂連合野、後頭連合野)が分担している機能障害に当たることがわかります。
たとえば、前頭連合野の障害が目立つと遂行機能障害が、頭頂連合野の障害で失行・後頭連合野の障害で失認が、前頭葉底部や大脳辺縁系の障害で記憶障害がおこると考えられます。
一方、認知症の周辺症状は、幻覚・妄想、徘徊、異常な食行動、睡眠障害、抑うつ、不安・焦燥、暴言・暴力などで、これらは神経細胞の脱落に伴った残存細胞の異常反応であると考えられています。量的に少なくなった大脳辺縁系や連合野が、性格・環境・人間関係など、様々な要因が絡み合った日常の中で、オーバーヒートした状態と捉えることができます。
廃用症候群とは、病気などにより体を動かさない状態が長く続いたために起こる筋力の低下した状態を指し、寝たきりになることをいいます。前述の中核症状や周辺症状が脳の障害による症状であるのに対して、認知症にみられる廃用症候群は、意欲低下という中核症状に付随して、筋骨格系・循環器系などの身体的な機能が全般的に低下する二次的機能障害であると言えます。
さて、廃用症候群が、脳以外の身体機能の障害からくる症状とするなら、認知症の人に対するリハビリもここから始めたほうが成果が上がるのではないかと考えやすいですが、実際にはそうではなく、廃用症候群は「治療するのは困難で、長期間時間が必要」といわれます。廃用症候群に対するリハビリとは、運動療法が主たるものですが、感覚経路や運動経路の障害によっておこった運動機能の低下の場合と違い、認知機能の障害の結果として現れた運動機能の低下を改善するには、認知症のリハビリに運動療法としてのリハビリを加えるわけですから、さらに困難を極めることは容易に想像がつきます。それならば、神経再生は期待できないとされる脳の障害から来る中核症状は、リハビリで治療効果を挙げることなど無駄な抵抗にすぎない、治療者の自己満足に過ぎないことになるのでしょうか?
経験論から言えば、そんなに否定的になることはないと思います。廃用症候群にしても「長期間時間が必要」と述べたように、時間をかければある程度の満足度が得られる結果を生み出すことは可能です。その期間は半年以上に及ぶこともありますが。また筆者は、神経再生あるいは神経回路の再構築はあるというのが持論であり、それゆえに促通訓練も有効なリハビリなのだろうと考える一人ですから、脳の障害があるからといってあきらめる必要はないと考えています。現に、脊損で前医から症状固定といって見放された寝たきりの患者さんを杖歩行まで回復させたこともあります。
それでは、どんな方法論でこれらの障害と向き合い、リハビリの目的である、自己の意識を高め、主体性と協調性を取り戻し、「自他共に生きる」自分を見出すことを実現することができるのでしょうか?
上述したように、認知症の症状は、中核症状も周辺症状も、大脳皮質の連合野の働きと密接な関係があります。したがって、そのリハビリも連合野の働きを活性化するものとなればよいといえます。