認知症に対するリハビリテーション : 認知神経科学的根拠に基づくアプローチ(6)

実験的プログラムの一例
たとえば、塗り絵をグループワークとして取り上げた時、筆者はこんなプログラムを考えます。
誰もがおっしゃるように、最初はリハビリ対象となる人の情報収集から始まります。
気をつけることは、この時すでにリハビリへの動機づけが始まっているのです。つまり、言葉遣いや物腰には十分な配慮が必要です。
最初から詳細な情報は必要ありません。人はあまり他人に自分の世界に立ち入ってほしがらないものです。認知症の人は、あまり質問攻めにあうと心を閉ざしてしまいますが、それは「質問」という行為自体が自分を疑って自分を攻撃しようとしている行為ととられる傾向があるからです。この傾向は認知症でない人たちにも見られます。だから、情報収集にはあまり固執しないことです。すでに介護の関連の書類にも目を通しているはずです。問題解決に必要な情報はその都度、ご家族に訳を話して聞かせていただけばいいと思います。相手の反応を空気で感じ取ってあまり時間をかけないようにします。
小グループになると思いますが、自己紹介は自分でするかどうかを確認してご本人が進んでしなければ、名前を伝えてあげる程度にします。なるべく、グループ内でおしゃべりをする機会を与えて仲間意識が生まれるきっかけを残しておくためと、自我を尊重するためです。
さて、ここでは、塗り絵をグループワークに取り上げましたので・・・
まず、「今日は、塗り絵をしたいと思います」と言い切ってしまいます。ほかに選択するものはなければその方がいいでしょう。「今日も」ではなく「は」です。相手を尊重しようとして、「今日は塗り絵をしようと思っていますが、いかがですか?」と質問するのは、まだこのグループにおける自己の位置が見つかっていない人には警戒心を起こさせるだけです。「今日も」と思っているのはあなただけかもしれません。「今日も」と言われると自分はいつもここで塗り絵をやっていたのかと自分の記憶の不確かさを再認識させられる結果となります。あなたとの間に隔たりが生ずるかもしれません。
用意する下絵も、前回と同じ下絵と新しい題材の下絵と2種類用意します。その理由は後で述べます。
手本となる完成画を用意しますが、自由な色を塗ってよいことを強調して始めてもらいます。絵なんか好きじゃないし塗り絵なんてやりたくないといって、最初から拒否する人には、あえてそれ以上勧めない代わりに、しばらくそのままほかの人の作業を見ていてもらいます。見ているうちに興味がわいて色選びを始めたらちょっと援助の手を差し出します。
見て見ぬふりはしないほうがいいでしょう。でも、関わりすぎないで。色使いがわからなくて、隣の人の絵を真似ているだけの人がいても最後までやらせてあげてください。あくまでも主体性を持たせて。周りの人の絵を途中で批判するようなら、自分の絵に集中するよう指示してかまいません。グループの人たちは自分の仲間であるという認識を持ってもらうためには必要なことです。仲間いじめはしない、こうしたルールは子供ではないのでよくわかっていることです。
出来上がったら今日の作業はおしまい、ではありません。あなたはできあがった絵を集めて、その中の一枚を取り出し、その絵の作者に自分の感想を述べてもらいます。自分の絵についてですから、「下手だ」とか、「色が変だ」とか「そこは何色のほうがよかった」というくらいの感想だと思いますが、このときに「この絵を描いている時や今出来上がった絵を見て何か思い出すことはありませんか」と聞いてみます。そうすると本人だけでなく周りからもいろいろな話題が出てくるでしょう。でもそれは話題が出尽きる頃合いを見て、次の人の絵に移ることにしましょう。そうすることで質問された人は和やかな雰囲気の中で作業を終えた解放感を味わうことができるはずです。またそのようにすることがあなたの使命です。
前回の下絵の課題と新たな下絵の課題を用意する理由は、前回も同じ課題をやったことを覚えているかどうかを知るためと、前回よりもっと上手な絵を完成させてみんなに見てもらおうと思う人のためです。新たな課題を用意する理由は、覚えていなければずっと同じ絵でもいいと思うのですが、グループワークですので必ず中に「それ、前にやった」という人が現れるからです。
これで塗り絵作業は終わりです。帰りも、「楽しかったですか?」とは聞かないで「楽しかったですね」と言い切って見送りましょう。