硬膜動静脈瘻で脳出血をきたした一例

脳血管の障害で突然起こる脳卒中といわれるものの一つに脳出血があり、そのほとんどが高血圧性脳出血であることはご存知の方も多いと思います。特殊な脳出血に脳動静脈奇形による出血というのがありますが、ここでご紹介するのは動静脈瘻という血管異常が原因で起こった脳出血の一例です。
まずは症例のご紹介から。(ご家族ご本人の了解をいただき掲載しています。)
患者様は70代の女性です。喘息の治療で内科にかかっておりましたが、9月に血圧が上がるようになり降圧剤を服用中でした。10月28日に「10月○日から記銘力障害が続いている」と内科から紹介され当院を受診されました。診察では失語症を認め、検査を行なったところ、左側頭葉前方に脳内血腫を、その側頭葉全体に脳腫脹を認めたので、画像的には脳腫瘍による腫瘍内出血かと思いました。しかし、発症当日の10月○日には医療センターでMRIを行なって異常なしと言われているとのことでしたので「医療センターで見逃す脳腫瘍などあるはずもない」と即座に脳腫瘍の疑いは除外されました。脳腫瘍でないとすると、「発熱や頭痛・嘔吐もないので脳炎や脳膿瘍の可能性もないし、」「3週間前に発症した脳梗塞部位に出血を合併したものか(ちょっと強引な解釈と思ったのですが)」と思い、入院して経過観察をしてみることにしました。(医療センターで脳梗塞を見逃したと言うのかって?いいえ、見逃したのではなく、発症間もない脳梗塞の画像診断は無理なことも珍しくないのです。)
出血性脳梗塞と診断して、まず血圧を抑えて1週間脳浮腫改善薬を点滴投与し、その後は降圧剤だけで自然経過を見ておりました。症状も、当初は失語症以外に記銘力障害もみられましたが、1週間ほどで落ち着いてきました。2週間経過して側頭葉前方の血腫はほぼ吸収されましたが、CTではこの時期になっても普通に見えるはずの梗塞らしき病巣が見えてきません。CT/MRIでは相変わらず側頭葉全体の腫脹が見られます。
経過としては急性発症ですから、やはり単なる脳腫瘍よりは腫瘍内に出血したものや脳卒中や中枢神経系の感染症を疑わざるをえません。診断に困ったら脳血管造影は欠かせません(選択的脳血管造影世代です)。そこで、DSAを11月14日に行いました。
見つけました、いくつかの重要な所見を。その所見をつなぎ合わせて浮かび上がってきた最も疑わしい病態は、外頸動脈の枝である後頭動脈から来る硬膜枝と左横静脈洞の動静脈瘻(AVF)があって、横静脈洞の先のS状静脈洞が閉塞を起こしたため、本来は脳からの血液を横静脈洞に送る脳表の下吻合静脈に血液が横静脈洞から逆流し、その結果血液のうっ滞が起こって側頭葉前方部に出血を起こしたものと推測されました。
血圧は110台程度に落ち着いておりますが、まだ脳腫脹もあり、脳で再出血や梗塞を起こす危険は脳表静脈への逆流を止めるまで消えません。
患者様は硬膜動静脈瘻の手術を行うため最先端医療のできる病院に転院することになりました。
1. 無症候性で脳血管撮影にて皮質静脈への逆流を認めない硬膜動静脈瘻では経過観察が第一選択で、MRIやMRAによる経時的検査を勧める(グレードC1)。
2. 症候性もしくは脳血管撮影にて皮質静脈への逆流を認める症例(Borden Type Ⅱ/Ⅲ)では、部位や血行動態に応じて外科的治療、血管内治療、放射線治療の単独もしくは組み合わせによる積極的治療を考慮する(グレードC1)。
3. 海綿状静脈洞部は塞栓術が、前頭蓋窩、テント部、頭蓋頸椎移行部、円蓋部は外科的治療が推奨される(グレードC1)。
4. 横・S状静脈洞部は血管内治療が第一選択であるが、閉塞が得られない場合は外科的治療や定位放射線治療を組み合わせた治療も行われる(グレードC1)。
Borden 分類:
Type Ⅰ 静脈洞に順行性/逆行性に還流するもの
Type Ⅱ 静脈洞に還流し、さらに逆行性に脳表静脈に還流するもの
Type Ⅲ 静脈洞に入るがその末梢には還流せず、脳表静脈に還流するもの、静脈洞壁から直接、脳表静脈に還流するもの

これは脳卒中治療ガイドライン2009に記載された「高血圧以外の原因による脳出血」の内容の一部です。
硬膜動静脈瘻という疾患は見つかることの少ない疾患です。せいぜい100万人に3人くらいという頻度だそうですが、タイプIといわれる無症候性のものは、この20年間に2、3例見つけた覚えがあります。この症例のような脳出血例を見たのは初めてです。
この方は運の良い方ではないでしょうか?なぜならこのように出血してしまっては予後不良となるケースが多いと思われるからです。幸運の女神は、文字通り女医さんでした。血圧の治療を開始してくださったのは内科の女医先生だったからです。
やっぱり高血圧はほかっておくべきではありませんね。
最後に残った失語症は治るのか?
大丈夫です、きっと治ります。
解剖学用語が出てきて難しかったですか?
医療関係者の方もこのブログを読まれるのでしょうか?それなら、写真も参考のためにアップしておきます。
この症例を掲載した理由は2つあります。
ひとつには、脳出血は高血圧によるものばかりではないという一例と、でも出血してしまう要因には高血圧は重要なかかわりを持っているということ、をお伝えしようと思ったからです。
もうひとつは、なにがしかの症状が出て病院を受診してよく調べてもらっても、すぐには異常が見つからないこともあるということをお伝えしたかったからです。この方は記銘力障害が突然出現して、明らかに何か病気が起こっていると思われたにもかかわらず、当日の検査では異常は見つかりませんでした。おそらく数時間後か翌日にもう一度検査に訪れていれば病気は見つかったことでしょう。頭部外傷の受傷直後にも同様のことが見られます。頭痛があっても「ぶつけたんだから今は痛いだろう」みたいに思ってしまうと、画像診断で異常なしと片づけられます。それから数時間後や翌日に再度検査をしたら脳挫傷が見つかったということも少なくありません。脳梗塞の発症直後も画像診断はつかないと思っていいでしょう。症状が軽い場合は異常なしといわれて帰宅するケースもあります。
日頃の診療姿勢への戒めにしたいと思います。
どうか皆さんも、症状がよくなりつつあるならともかく、症状が時間とともに悪くなった、数日たっても症状が変わらない、といったときはもう一度検査を受けましょう。同じ先生でも違う先生でも構いませんが、特別な事情がなければ同じ先生に診てもらうことをお勧めします。

 入院時のCT画像

 MRI 左がT1強調画像 右がT2強調画像
 DSA画像