認知症について(5) ― おまけのおまけ ―

昨年12月に、認知症治療に携わる実地医家として何でもいいから話してくれと頼まれまして、「師走の迷走」とふざけた題(迷想と迷走をかけました)で、内容もまた根も葉もないような話をしたのですが、実は僕としてはまんざら嘘でもない考えなのでここに載せておこうと思います。(その後も考えていることを少し補っておきます。)
迷想、その一
前頭側頭葉型認知症では、性格や社会性の障害が顕著に現れやすい一方、記憶や感覚、要素的行為は良好なので、初期には自信喪失している様子がよく見受けられます。
怒りという行動は、欲求が満たされない時の防衛反応の一つだととらえると、社会性が障害された状況下におかれた人の心に抑うつ性と怒りが同居しても不思議ではないと考えます。
うつ的気分を取り除き、怒りを鎮静化する努力を行った後に、認知機能改善の治療を加える方が良い結果が得られるのではないかと考えています。
そこで、前頭側頭葉型認知症では、いわゆる認知機能改善薬をファーストチョイスとする治療は考えずに、抗うつ薬(SSRI)や漢方薬などをファーストチョイスにしてみています。認知症だから認知機能改善薬を使わなければいけないというルールはないでしょう?
迷想、その二
DLB(レビー小体型認知症)の認知症症状の改善の適応をとった薬剤はまだありませんが、臨床の現場では様々な取組が行われています。
適応薬剤がないために、DLBと診断される症例の数は少ないかのように思われますが、実際にはAD(アルツハイマー型認知症)として疾患登録されている認知症の中に隠されており、その比率は20~30%と僕はみています。(前頭側頭葉型認知症も同様にADの中に隠れていますがその比率はもう少し少ないだろうと思います。)
DLB症例には少量の認知機能改善剤がよい、と多くの臨床家が口をそろえておっしゃっていますが、本当にそうなのでしょうか?
そもそもDLB症状は非常に変化が激しいということは前述したとおりであり、周知の事実で、よく言われているように認知機能改善剤を所定量まで増やしていくと途中段階で症状の悪化を認める症例もあるのですが、所定量まで至ってさらに数か月間良好な効果がみられた症例もありました。それはどの薬だったのかと質問したくなるでしょう?それは…まだよくわかりません。新しい薬が揃ったばかりで、いろいろなデータを集めるにはまだ日も浅いので。
ただ、どの薬剤が合う合わないという以前に、いわゆる「さじ加減」が重要なのではないかという声が僕の頭の中で聞こえています。
変化の激しいDLBの症状を注意深く観察し、悪化の兆しが見えた時には時機を逸せず処方薬剤(認知機能改善剤)を減量の方向で検討する、あるいは一時休薬も考慮する。それはPDの〝Off 現象″時の対策に似ているかもしれません。
参考までに興味深いDLB症例を提示します。
長い経過を持つDLB症例:
2009年5月、某グループホームからの依頼を受けて往診を開始。すでにDLBと診断されて5年以上経過。
季節の変わり目にうつ症状のように、妄想や意欲低下が強くなる。
当初はグラマリール、抑肝散、エクセグラン散20% 0.25g 、ハルシオン0.25mg 1錠 、リスパダール1mg などで開始。
2010年1月、アリセプトを1mgで開始。
2010年6月、歩行障害が見られビ・シフロールをごく少量追加。
2011年6月、アリセプトを5mgに増量。
2011年9月に頭部MRIを行う機会がありこのときにプラビックスを開始、エクセグランは血中濃度が高値になっていたので中止した。
その後意欲低下食欲不振などが続く。
初診時から常に続いていた夜間の幻聴がひどくなり昨年3月には「『死になさい』と命令された」と言ってスタッフに「包丁を貸してください、だめならハサミでもいいです」と言い出したので、内服を変更した。
セロクエル錠25mg 、サインバルタカプセル20mg 、ビ・シフロール錠0.5mg、プラビックス錠75mg、リスパダール内用液0.5ml(1mg/ml)、リリカカプセル75mg、リバスタッチパッチ4.5mg、を処方。これで少しずつ精神的に穏やかになり、幻聴があってもパニックになることもなく3ヶ月経過した。
2012年9月、リリカを止めたせいか「パッチ剤は貼らなくてもいいという声が聴こえる」と言って拒否、入居者に対しても暴言を吐く行為が見られる様になった。
2012年10月、ジプレキサザイディスを2.5mgで投与して、一時的に穏やかになってもまた暴言を吐くので精神科を受診した。
(振り返ってみると、エクセグランもリリカも元は抗てんかん薬。これらを中止したことが悪化の誘因だったのかもしれない。)
リバスタッチは非常に良好な経過だった。この3年間の中で最も良い状態がみられ、折り紙の作品を笑顔で見せてくれたり、主治医に労いの言葉をかけてくれたりした。
現在、精神科の指示でレミニール8mg/日を服用中。16mgには増やさないで!との指示あり。
迷想、その三
リバスチグミンは、興奮タイプのBPSDがみられる症例に意外と有効なのかもしれないという感触を持っています。ドネペジルを服用していた症例で、進行して大声をあげたり、怒りだしたりするようになると以前はよく向精神薬などを使うこともありました。今でももちろんこうした薬のお世話になるケースは多いのですが、こういう時期にドネペジルを増量してもBPSDの改善はみられないことが多く、介護に抵抗するようになります。こんなときに、リバスチグミンに変更すると比較的高率に穏やかになってくれるように思います。貼り薬なので薬を拒否する症例にも使えるという理由だけではなく、薬効も期待できるように思うのです。難を言えば、皮膚掻痒や皮膚炎が高率にあるということですが。向精神薬の扱いは結構難しいので、これも参考にしていただけたらと思います。
最後に、これもやっぱり迷想だろうと思うのですが・・・
徘徊する人がいます、それも少なくない数で。
今のところ、今ある認知機能改善剤を使ってみても、これといえる薬に出会えません。そうかといって、向精神薬を使うと、仮に徘徊は治まったとしても、それ以外の「その人らしさ」を奪ってしまいかねません。
徘徊に対しては医療は無力のように思います。徘徊する人の、その行動から意味を汲み取りそれに沿うケアをする、それが正しい対応のように思います。とても忍耐と時間のいるケアですが、これこそが、介護や看護の原点として取り上げられる「ヒューマニティ」なのだと思います。
認知症について(1)から(5)まで・・・読み通してくださった方に深く感謝申し上げます。
過去およそ10年の認知症診療の中で、患者様やそのご家族、そして介護施設のスタッフやケアマネージャさんたちのお力をいただいて積み上げてきた内容をまとめてみました。
この中から正しいもの、間違ったものが少しずつ整理され、またいつか新たな総括をここに書き残す時が来るだろうと思います。
その時が…楽しみです。