第4回認知症講演会全文 ―認知症高齢者とともに暮らす街―

slide1.bmp 70歳以上の高齢者人口が増えている今日、認知症高齢者も加齢とともにその人口比率が急激に増加する(10歳ごとに2倍の増加率を示し、85歳以上の高齢者の4人に1人が認知症)と言われています。しかも、20020年代には認知症高齢者人口はおよそ300万人に達するとも言われており、(1)認知症高齢者とどのように向き合うか、(2)認知症の出現と進行をどう食い止めるか、(3)認知症高齢者を受け入れ、ともに暮らせる街とはどのようなものか、が現在の認知症と取り組む方たちの大きな関心ごととなっております。
今回は、(3)についてのお話をする予定ですが、なにぶんにもまだ未開拓の部分であり、あくまでも私見を述べるだけですので、その点を十分にお汲み取りください。


slide2.bmp 以前の講演会で認知症についてのご紹介は終わっておりますが、もう一度簡単にご説明しておきます。
認知症は脳や身体のどこかに病気ができてそれが元で起こる状態で、原因となる病気はたくさんあります。
これらの原因となる病気によって、記憶力や判断力、計画力などが障害され(衰え)て、普段の社会生活に一時的あるいは一過性にではなく、持続的に支障をきたすようになった状態が認知症です。
slide3.bmp こうした認知症になられた高齢者の方たちが安全で安心できる生活を送れる街づくりを始めるために、ここでは3つのカテゴリーに分けてお話を進めていきたいと思います。
1.家族の理解と取り組み
2.地域住民の理解と取り組み
3.市政の理解と取り組み
です。

slide4.bmp まず、認知症高齢者とともに暮らすご家族の理解と取り組みについてです。
認知症の方と上手に暮らすためには、認知症の状態についてよく理解し、どのように接したらよいかを知る必要があります。
認知症の状態は一般的には、中核症状と言われるものと、行動および心理症状と言われるものに分けて説明されます。後者の行動および心理症状とは、よく周辺症状と言われているものです。

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中核症状というのは、脳の器質的な障害によって引き起こされるものです。ですから、症状によって脳の障害(衰え)部位がどこに強いのかが推測でき、反対に脳の病気をした後の認知症であればその病気の場所から認知症状を類推することもできます。以下にあげたものがその主な症状です。
記憶障害
判断力の障害
問題解決能力の障害
実行機能障害
構成障害
失語、失行、失認

slide6.bmp 行動および心理症状(以下BPSDと呼ぶことにします)と呼ばれるものは、非常に多彩です。せん妄、幻覚、妄想、睡眠障害、多弁、多動、依存、異食、過食、介護への抵抗、不潔行為、徘徊、暴言・暴力、抑うつ、不安、焦燥などがその一例として挙げられます。
これらのBPSDは、その人の健康状態、個性、人生歴、環境、心理状態、そしてその認知症の方を取り巻く社会心理状態の影響を受けた結果として現れるものですから、こうした症状を見た場合は何かその原因となる要因があると言うことに気づくことが大切です。
slide7.bmp 認知症状についてもっと具体的なご説明をしなければなりませんが、それについては別稿を設けることにいたします。
ご家族が認知症かどうかは、症状についての理解と関心を持つ機会を増やし、日ごろから細やかな気配りを持って、日常のちょっとした変化が一時的ではなく持続的になってきていないかを的確に判断することです。
それではご家族の中に認知症と思しき方がいると気づいたらどのようにしたら良いのでしょうか?
認知症には原因となる疾患があります。最も多くしかも原因不明といわれるアルツハイマー病についても、その病態については徐々に解明されつつありますから、治療法がわかってくるのもそう遠い話ではないと思います。ですから、認知症かもしれないと思ったら少しでも早く医療機関を訪れることです。最寄の先生に相談に行かれたら、必ず相談に乗ってくれますし、認知症かうつ病か判断に迷ったら専門の医療機関にも紹介してくれるでしょう。
BPSDである、徘徊や妄想などは何かわけがあってそうなっていると言われます。元になっているのは物忘れなどの中核症状です。その不安や自信喪失が周囲の人たちとの疎外感につながり、寂しさや怖さから、記憶に懐かしい家に帰りたくなったり、親しい人に会いたくなったりするのだと思います。BPSDが見られるその要因について思い当たるものを見出しそれを除去したり、そこから意識を遠のける工夫が症状軽減に役立つでしょう。
slide8.bmp どのように接したらよいか・・・、いくつかの例を挙げましたが、これについても別稿を設けて説明いたしましょう。
slide9.bmp 次に認知症高齢者の方が安全に安心して暮らすための地域の理解や取り組みについてです。
最初に、認知症とは認知機能の低下のために、普段の社会生活に、持続的に支障をきたしている状態であるとお話しました。そこで、現在の高齢者の方たちの、普段の社会生活がどんなものであるかについての考察と、持続的に支障をきたさない生活を送るにはどうしたらよいかについて検討してみることにいたします。
slide10.bmp 平均寿命が延びて、かつ、高齢者人口が増えた現在、高齢者について検討するときに、高齢者を2つまたは3つのカテゴリーに分類することがあります。
前期高齢者 65歳以上~75歳未満
後期高齢者 75歳以上~
(このうち、75歳以上~85歳未満を中期高齢者、
それ以上を後期高齢者とする場合もある)
というのがそれです。
ちなみに、この後期高齢者の方たちの今の平均的な生活はどうなっているのでしょうか?
その多くは独居生活もしくは老夫婦だけの生活を余儀なくされていると思われます。80歳のおばあさんが、スーパーに買い物に行ってパックに詰められた食品の中から手頃な量の入ったものを選んでカートに入れる・・・、どれがおいしいのか今何が新鮮なのか誰も教えてくれる人もいない巨大な食品棚の群れ・・・、全部買ってレジに行かないといったいいくらのお金が必要か検討もつかない・・・、スーパーひとつとってみてもこんなに心細くなることを毎日強いられているわけです。
20年前の80歳のおばあさんはこんな生活をしていたでしょうか。おそらく、ご隠居生活、すべてのことは嫁がしてくれてただ座っているだけで事足りる生活・・・。スーパーなどは、散歩がてら嫁に付いていくだけだったことでしょう。仮にこのおばあさんが現在にワープしてきて、スーパーで買い物をする羽目になったとしたら・・・、もうこんなところへは恐ろしくて足を向けたくなくなることでしょう。こんなとき誰かが、そっと手を差し伸べてくれたらどんなにかうれしいことでしょうか。ワープしてきた現在でもこうした手助けがあれば生活することができるかもしれません。

slide11.bmp 今例に挙げた20年前のおばあさんは、ご家族に囲まれて生活していました。しかも、ワープしてきた現在のスーパーで買い物にまごついたのは一時的なことに過ぎません。
多くの認知症高齢者の方は、独居生活か老夫婦の生活を強いられ、しかもその生活も持続的に支障をきたしているわけですから、認知症高齢者が安全で安心して生活できる街には、地域ぐるみの理解と協力が必要だということです。まさに「人間は一人では生きていけない」のです。
slide12.bmp 心と心のバリアフリー、認知症についての理解を深め偏見を持つことなく、高度に発達した文明社会に不安を隠せない高齢者に優しく手を差し伸べる心、この街では不審な目で声をかけられわけもわからず手を引かれていくことなど決してないという安堵の心、認知症高齢者が家族にいるということを気軽に話すことのできる心、それが認知症高齢者がともに住める街の心です。
認知症学習会、認知症家族会(和みの会(仮称))、お達者クラブ(仮称)、など町会活動の活性化が望まれます。特に、認知症高齢者と同居する家族に対するふれあいの心は、現在行われている認知症の家族同士のふれあいの場のみならず、地域住民がともに聞きともに語り合う場を設けることで生まれるものだと思います。
slide13.bmp 3つ目は、自治体としての取り組みについて考えてみましょう。
まずは、今全国に広まりつつある、「認知症高齢者が安全に住める街」宣言です。スローガンを掲げなければ進まないのが自治体です。お金も人も動きません。だから、宣言をしましょう。認知症高齢者が安全に住める街には、お年寄り好きな若者が集まってきます。介護の良き協力者を自治体内外に募りましょう。従来の自治体の考え方は故郷に若者を呼び戻そうとするものでした。都市で仕事を見つけ、家庭を持って社会に貢献しようとしている若者をそれ以上の魅力もない故郷に呼び戻すことなど不可能に決まっています。ここで必要なのは、認知症高齢者の介護に関心がある熱意ある若者たちです。若者たちが集まってくれば、子女も増えます。この若い家庭は、お年寄りを大切にする心を子女に教育するでしょう。教育の活性化がおのずと起こるはずです。
自治体内外から、こうした若者を募るためには、自治体全体の取り組みも必要です。介護はあなた方にお任せ、では誰も来てくれるはずもありません。
「全市民が認知症サポーターの街」と声を大きく宣伝しましょう。
厚生労働省の「認知症を知り地域をつくる」キャンペーンという運動が始まっています。
この運動に協賛して全国キャラバン・メイト連絡協議会(東京)では、認知症の人と家族への応援者である認知症サポーターを全国で100万人養成し、認知症になっても安心して暮らせるまちを目指そうと、認知症サポーター養成講座の講師役となるキャラバン・メイトを養成しています。
その数はまだまだ不足していますが、認知症高齢者とともに暮らす街づくりには、全市民が認知症サポーターとなろうとする理解と関心が必要だと思います。自治体が先頭に立ってキャラバン・メイトの養成を呼びかけ、短期間で「全市民が認知症サポーターの街」を声高らかに宣言できるよう働きかけるべきです。
最後に、バリアフリーの街づくり、認知症高齢者生活支援住宅構想などなど、お金があれば・・・という自治体ならではの引っ込み思案の声も聞こえますが、「認知症高齢者が安全に安心して住める街」「認知症高齢者とともに暮らせる街」をつくろうとする熱意が自治体にあれば、できないことは何もないと固く信じるものです。

slide14.bmp 結論です。
認知症高齢者の視線で見た街づくりを考え、「認知症高齢者が安全に住める街」「認知症高齢者とともに暮らす街」を作りましょう。
そのためには、認知症についての理解を深め、常に不安を抱えている認知症高齢者にやさしく温かく手を差し伸べる心を持った市民(認知症サポーター)になりましょう。
常に弱い立場におかれる認知症高齢者に対して、全人的な理解と支援を送り、認知症高齢者が心を開ける街、そんな街づくりを目指しましょう。
すべての住民の「心と心のバリアフリー」をめざして。