認知症について(2) ― 認知症と高次脳機能障害(2) ―

①脊椎動物の脳の中で、ヒトの脳で著しく発達したのは大脳皮質連合野であり、とりわけ前頭連合野がもっとも重要な部分として特異的に前方に突出しているということをお話ししました。
②「その人らしさ」を作り上げているのは前頭連合野であり、他の大脳皮質連合野との密接な連携がどこかで断たれた状態が高次脳機能障害だとお話ししました。
さらに、
③高次脳機能障害の各種障害についても取り上げました。
④認知症の中核症状は認知機能障害であると書きました。
最後に、
⑤「認知機能障害」という言葉に注目と書きました。
僕は高次脳機能障害という言葉は廃止すべきだという立場をとっています。
高次脳機能障害(higher brain disfunction)という言葉は海外では使われません。海外では認知機能障害(cognitive impairment)といいます。cognitionとは認知という意味ですから理解しやすいですが、higher brainは、何を意味するのか曖昧でわかりづらいと思います。
高次脳機能障害を認知機能障害という言葉に置き換えると、上記の②、③、④は
②「その人らしさ」を作り上げているのは前頭連合野であり、他の大脳皮質連合野との密接な連携がどこかで断たれた状態が認知機能障害
③認知機能障害の各種障害について取り上げた
④認知症の中核症状は認知機能障害である
となります。
認知症というのは認知機能障害とあまりにも似かよった言葉ではありますが、「認知症と認知機能障害は同義語ではなく、認知症は認知機能障害の一部分」に過ぎないということです。
なぜこれほどに難解な用語になってしまったのでしょうか?
本来なら、世界に足並みを揃えて、高次脳機能障害を「認知機能障害」と言い換えたかったのに、それを阻んだのは「認知症」でした。
日本で言う「認知症」は、海外では dementia といいます。認知機能障害は cognitive impairment でしたが、認知症は dementia と明確に区別されています。
この dementia という言葉は古くから使われてきた言葉であり、日本語にすると「呆け、痴呆」だったのです。
ここで面白いことに気づきました。
「呆」という字は「保」という字に似ています。「保」の人偏が取れると「呆け」になる、その人らしさを保てなくなった状態が呆けだといっているように思えます。
「痴呆」の「痴」という字も、知性を保てなくなる病という風に考えると、「痴呆」という言葉はまさしく「認知症」を指しているのです。
一方の dementia ですが、この言葉の語源はラテン語の demens から来るということですが、この言葉こそが「狂った状態」を意味する言葉であり、差別用語に思えるのです。
用語の見直しをすべきは dementia なのです。
痴呆や呆けが差別用語だという言葉の歴史を残念ながら僕は知りません。

 認知症と認知機能障害という誤解を招く用語を作ってまでも、「痴呆や呆け」という言葉を排斥するのはどうかと思うのです。
言葉の誤解は認知症の理解にも影響を与えているように思います。
認知機能障害というのは、主に大脳皮質連合野の機能が欠如した状態を意味していますので、前頭連合野に限らず、頭頂・側頭・後頭連合野のどれかの機能欠如によってもその部位に特徴的な認知機能の障害が現れます。半側空間無視や失語などのように。
認知症は海馬や大脳皮質の萎縮が特徴的といわれ続けてきましたから、「ああ、大脳皮質が全体的に萎縮してきたら認知機能低下がたくさん出てくるのは当たり前だな」と考えてもあながち間違いではないでしょう。事実、僕も最初はそう誤解していました。しかし、今の僕の考えは、「認知症と認知機能障害は同義語ではなく、認知症は認知機能障害の一部分」で「特に前頭連合野が傷害されたもの」という考えです。
なぜ、そう考えるにいたったか・・・
その理由のひとつは、
大脳皮質連合野の障害部位によって認知症症状の発現に違いがあるかのように思っていたが、認知症の人に、典型的な半側空間無視の症状を認めた人は一人もいない、
地誌的障害は後頭連合野の症状だが、脳梗塞の症状として認めた人はいたが、だからといって認知症にはならなかった、
というものです。
そしてもうひとつの理由は、前の号で書いた、「失行は、左頭頂葉が損傷中枢で、ここに蓄えられた運動の順序に関する記憶が遮断されるためと考える人もいるし、前頭連合野でイメージした運動を実行に移すことが不完全なためと考えている人もいる」という二通りの考え方です。つまり、認知症(痴呆症)の人の中核症状である認知機能障害は後者の考え方で説明できるというものです。

Slide  この思考モデルを作ったとき、認知機能障害は頭頂・側頭・後頭連合野のどれかが単独に損傷すれば前述した特徴的障害が起こるが、前頭連合野が損傷した場合にはその広がりや部位によって複数の認知機能障害が起こりうるのではないかと考えました。そしてそれを支持してくれたのが、上記の記述だったのです。
脳外科として多数のCTやMRIを見てきたものとしては、脳萎縮の部位と予想される症状発現とを一対一で結び付けたくなるのですが、脳の萎縮部位と認知症症状の推測が一致していたと感じた例は皆無に等しく、脳梗塞の局所症状のような典型例には出会わないのです。それよりも、前頭連合野の活動が衰えてくればおのずとそこと密に連携をとっていた他の連合野や運動野・知覚野なども「廃用性細胞萎縮」をきたして大脳全体におよぶ脳萎縮が起こってきてもいいのではないかと思うのです。
こうして「前頭連合野の活動が傷害されてきて起こるさまざまな認知機能障害」がいわゆる「認知症」(「痴呆症」)なのだと結論付け、「認知症に対するリハビリテーション : 認知神経科学的根拠に基づくアプローチ」http://shimada-no-dem.seesaa.net/article/232380320.html というタイトルで、「認知症のリハビリテーションにおけるターゲット器官は大脳皮質の前頭連合野である」と主張したのです。
ここで大きな疑問にぶつかります。
それは、認知症(痴呆症)には現在いくつかのタイプが存在するのに、すべての認知症(痴呆症)に共通して「認知症(痴呆症)の病態の主座は前頭連合野である」と言えるのかという疑問です。