認知症について(3) ― 認知症 各論 ―

前回の最後に掲げた命題「認知症(痴呆症)の病態の主座は前頭連合野である」は、本当にすべてのタイプの認知症(痴呆症)に当てはまるのでしょうか?
答えが見つかるかどうか、まずは各認知症のタイプについてテキストから抜粋してみることにします。
A)Alzheimer型認知症
近時記憶障害が特徴的で、検査では記憶課題の遅延再生が顕著。
日常的には、約束を忘れる、置き場所がわからなくなる、同じことを初めてのように繰り返し話す
これは、海馬や海馬傍回などの側頭葉内側領域から変性が始まるから。
さらに、頭頂葉や側頭葉全体に変性が広がるにつれて、視空間障害、計算障害、書字障害、言語障害などの機能低下が加わってくる。
視空間障害で、複雑な図形模写ができなくなる。迷子になる。
言語障害は最初は喚語困難(あれ、それ、・・・)、続いて健忘性失語、語性錯語、最後は了解不良となり、流暢さや復唱は保たれている、「超皮質性感覚性失語」となる。
BPSDとしては、自発性低下、無関心、うつ状態が初期に目立つ。妄想や幻覚は発症から3、4年の間にピークに達する。徘徊や興奮、易刺激性なども中等症以上で現れ、落ち着きがなく引き出しを開けたり閉めたりするような繰り返し行動が見られるようになる。
物盗られ妄想は比較的初期から見られる場合がある。
メマンチンが、中等度~重度のAD患者に対する認知、ADL,臨床全般評価の改善ありとの報告がある。ドネペジルをすでに内服している中等度~重度AD患者に対するメマンチン併用療法による改善効果も報告されている。
B)血管性認知症
①認知症がある
記憶障害や遂行機能障害が多い
②CVDがある
③両者に因果関係がある
CVDの発症からの時間経過は関係ない
多発性病変を認めることが多いので、無症候性のCVDを繰り返して認知症になると考えられる
海馬、視床、側頭葉白質、前頭葉白質などの単独病変の脳梗塞でも、特に優位側の病変では認知症が見られることがある。(ただし、これらの多くは発症初期に見られ時間とともに消失する。)
脳出血やくも膜下出血後でも認知症になりうる。
理論上、脳血管性認知症に対する治療は脳梗塞再発予防が主であり、抗血小板治療に加えてうつ状態に対しては抗うつ薬が処方されることがある。
しかし、認知症外来で見かける脳血管性認知症症例は、多くの例でADを合併している。
そのため、AD+血管性認知症、または混合型認知症と診断され、抗血小板治療とドネペジルが併用されるケースが多かった。
併用薬の選択肢が広がった現在、こうした混合型認知症に投与される認知症治療薬に注目したい。
C)Lewy小体型認知症(DLB)
変動する認知障害、パーキンソニズム、繰り返す具体的な幻視、うつ症状、妄想、幻視以外の幻覚などの精神症状、など
病初期には必ずしも認知症症状は前景に立たず、うつ症状などの精神症状が目立つことがしばしばみられる。
後頭葉の血流が低下しているとの報告があるが、視覚認知が障害されて幻覚を作るのかもしれない。
パーキンソニズムを伴うが、そもそもパーキンソン病の画像診断は確立していないのでDLBでも特徴的な画像所見は見つからない。
メマンチンはDLBの行動および・心理症状を悪化させる可能性がある。
D)前頭側頭型認知症(FTD)
前頭葉変性型と側頭葉変性型がある。
反復行動、常同行動、強迫的訴えにSSRIが有効との報告が多い。
いっぽう、ChEIの有効性については一定の見解がなく、有効性を否定する報告や脱抑制の悪化を示す報告もある。
メマンチンを投与して異常行動が改善したという少数報告がある。
E)大脳皮質基底核変性症(CBD)
肢節運動失行とパーキンソニズム+認知症症状
前頭側頭型認知症のような認知症症状で発症する例もある。
失行に左右差が見られること(あたかも麻痺があるかのごとく)でほかの認知症とは鑑別が付くが、画像診断は容易ではない。
前頭連合野や頭頂連合野が一側性に萎縮が進むと考えられるが、これを画像で判断するのは難しい。
F)進行性核上性麻痺(PSP)
E)に類似の疾患
眼球運動障害とパーキンソニズム+認知症症状
大脳皮質基底核のみならず、中脳や橋脳にある皮質下神経核が犯されるもの。
この病変にさらに前頭葉への連合繊維も犯されるため認知症症状が出るのではないかと考えられる。

・リバスチグミン(イクセロン、リバスタッチ)は、 アセチルコリンエステラーゼとブチルコリンエステラーゼの両方のコリンエステラーゼに対して阻害作用を持ち、 アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のなかで最も吸収が早く、
・ガランタミンは、アセチルコリンエステラーゼ阻害作用に加えて、ニコチン性アセチルコリン受容体に対する増強作用を持っており、それら二つの作用により脳内のアセチルコリンの濃度を高め、神経伝達物質の放出を促進するとともに、受容体の感受性を亢進し、また神経細胞を保護。
・メマンチン塩酸塩は、グルタミン酸作動性NMDA受容体のアンタゴニスト。過剰なグルタミン酸によるNMDA受容体の活性化を抑制することにより、神経保護および記憶・学習障害を抑制する新しいアルツハイマー型認知症の作用物質。

いかがでしょうか?
どのタイプの認知症(痴呆症)も前頭連合野が傷害されていることをほのめかしていると思いませんか?・・・思いませんよね。統一見解がないのですから、当たり前ですね。
残念ながら、文頭に掲げた命題を真とする根拠は文献からは見つけられませんでした。
ですが、認知・行動の中央執行機関である前頭連合野が傷害されたらさまざまな認知症(痴呆症)症状が起こりうると思いませんか? もちろん、タイプによっては前頭連合野以外の部位が同時に傷害されているのですが。
それでも、僕自身は、認知症(痴呆症)の定義は、「前頭連合野が傷害されたことによる種々の認知機能障害を中核症状として認めるもの」といってよいのではないかと考えています。

認知症は人間だけにみられるという人がいます。
人間として生きていくために必要な脳の機能、自発性・計画性・創造性・機転・注意分配能力を司る前頭連合野が傷害されると考えればうなづけなくもありません。
一方、犬にも認知症があるという人もいます。正式には「認知(機能)障害症候群」と呼ぶそうですが、人間以外に「認知症」という用語を使うことを控えただけのように思います。
前頭連合野が傷害されて認知症になるとするならば、前頭葉の発達の度合いに応じて認知症は生まれるのだろうと思います。ただし、前頭連合野だけが認知症発現にかかわっているのであれば、認知症にタイプなど存在するはずがありません。
先ほどの犬の認知症も併せて考えると、ごく一部の若年性アルツハイマー病を除いて、認知症は長生きする時代に生きている哺乳類生物にみられる脳の老化現象ではないかと思えてきます。
認知症の医学とは、抗加齢医学の一つに過ぎないのかもしれません。